地域のため池の紹介
田村池・太井(たい)池
田村池は、丸亀市田村町と山北町にまたがる旧市内最大のため池です。また、太井池は田村池の南西に堤防を共有する形で寄り添っています。丸亀市立城南小学校の南を東西に通る国道11号線のすぐ南にあり、築造年代は明確ではありませんが、『新修丸亀市史』には宝永七年(1710)から享保三年(1718)に日照りが長く続いたので、垂水町の上池、柞原町の庄ノ池・馬池、金倉町の先代池などとともに築造されたいわれています。
太井池について、正徳三年(1713)『津森組村々明細帳』に田井池の記載があることから、この時期築造されたものと思われます。
田村池は約63ha、太井池は約16haの受益面積がありましたが、近年の都市開発の影響もあり、現在30ha程度となっています。
なお、田村池には水草が少なく、ヒシが少しある程度です。一方、太井池では広範囲にヨシ・マコモ・ヒメガマなどが生育しています。このような対照的な池が隣接しているためか定かではありませんが、この 2 つの池では数多くの野鳥を観察することができます。特に、カモ類の越冬地としては県下有数の場所となっています。
参考文献『讃岐のため池誌』
大池・宮池・矢野池
これら3か所の池は、丸亀市郡家町のほぼ中央に位置し、大池の東堤に隣接して矢野池があります。また、この2つの池の北側に宮池があります。宮池の西隣には皇子宮、矢野池の堤には昔使われていた牛の爪切り場が残っています。
大池は『新修丸亀市史』には「慶長二年(1592)に生駒氏が丸亀城築城の際に、堀に水を入れるためと、郡家地方の農業用水として築いたものであった。さらに宮池が築かれ…」とあります。続いて「矢野池、大林池は、高畠与右衛門景吉によって、天和年間(1681~83)に築かれ、小林池もこの年代に築かれたようで、ともに宝憧寺池の下池として利用された」とあります。